*韓国ドラマあらすじ部*

韓流時代劇(韓国歴史ドラマ)の最終回までの全話あらすじストーリー(ネタバレ)&感想レビュー&人物相関図など。女人天下、同伊(トンイ)、王女の男、チャンヒビン、馬医、王と私、王の女、正祖イサン、大王世宗(テワンセジョン)、太陽を抱く月、キムマンドク、インス大妃etc

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<王女の男 相関図 その3 世祖一家>



※この系図の後の時代の系譜を知りたい方は「王と妃」の相関図2をご覧ください。

★首陽大君(後の世祖)/世宗の二男、李氏朝鮮王朝第7代国王
聡明で大胆な性格として知られる。王族の中心人物として幼い甥の端宗を補佐するという名目で朝廷での発言権を増し、重臣勢力キム・ジョンソらと対立を深めていく。そこで、かねてより親交のあった集賢殿の学者陣クォン・ラムやシン・スクチュらと、ハン・ミョンフェなどの野心家を側近につけ、癸酉靖難(ケユジョンナン)でキム・ジョンソら政敵を一掃。人事権から兵権まですべての権力を掌握するに至り、恐れをなした端宗から玉座を譲られる。即位後も反対勢力を次々に粛清し、端宗の命をも絶つ。王権を強め、さまざまな政治改革を行い、国の基盤を整えた。女性関係は控えめだったようで、同じ時代を描いたドラマにも側室エピソードは出てこない。「王と妃」では、「チョナーは色を好まなかったので私が側室をすすめたほどよ~」という意味の貞熹王后のセリフが登場する。※「王女の男」で夜に何かが起こったとき、世祖が(一人寝や側室の部屋ではなく)ちゃんと貞熹王后と一緒に寝ていたのにまず気づいた私はヘンでしょうか?

★首陽大君夫人ユン氏(後の貞熹王后)
坡平ユン氏出身。『松窩雑記』によると、首陽大君はもともとユン氏の姉と結婚話が進んでいたが、宮殿から来た監察尚宮と保母尚宮がユン氏に目を止めたらしい。癸酉靖難に挑む夫に鎧を着せたというエピソードが有名。「王と妃」「王と私」では柔和な菩薩系キャラで描かれるが、歴史本を読むとこの逸話どおりそれなりに女丈夫で野心家だった印象を受ける。「王女の男」では後者のイメージに近いチャキチャキ系キャラといえるかも。首陽大君が世祖として即位すると、楽浪(ナンラン)府大夫人という一介の大君夫人から国母の座にのぼったユン氏だが、息子二人が早逝するという悲運にもみまわれている。晩年は、二男(睿宗)が即位すると、朝鮮王朝初の垂簾政治をおこない、政治に関わった。さらに睿宗が若くして他界すると、ハン・ミョンフェの意向を汲み入れ、睿宗の長男ではなく夭折した桃源君の二男(成宗)を即位させて摂政をし、この世の春を謳歌した。とはいえ、文定王后のように好き勝手をしたわけではなく、女性としての分をわきまえたうえでの善政だったらしく、他のドラマではユン氏の賢明な関わり方を評価するセリフも出てくる。療養先の温陽で逝去。

★イ・セリョン(李世姈)(後の懿姈公主?)/首陽大君とユン氏の長女
おもに野史で語られるセヒ(世熺)=懿姈(ウィリョン)公主という幻の公主がモデル。「王女の男」には両班のお嬢様らしからぬお転婆ヒロインとして登場。粛清で多くの血を流した父の政策に同意できずに抗議し、悩んだ末に宮殿を飛び出て、父の政敵キム・ジョンソの息子であるキム・スンユと運命を共にする。

★桃源君イ・チャン(李暲)(後の懿敬世子)/首陽大君とユン氏の長男
礼儀正しく、学問を好んでいたという。父の即位にともない世子に冊封されるが夭折し、後に徳宗に追尊される。この懿敬(ウィギョン)世子の夫人ハン氏こそが世祖亡き後に君臨した仁粋(インス)大妃で、紆余曲折を経て即位した成宗は二男にあたる。「王女の男」では、姉セリョンの恋をひそかに応援し、シン・ミョンからかばう場面も出てくる。

★イ・セジョン(李世貞)(後の懿淑公主)/首陽大君とユン氏の次女
「王女の男」ではセリョンの妹。おそらく本名はセジョンではないはず。キャピキャピと明るく楽天的な性格。ドラマではいてもいなくても大筋にまったく影響のない存在だったが、『朝鮮王朝実録』できちんと記されている世祖の娘はこの懿淑(ウィスク)公主のみ。重臣チョン・インジの息子と結婚した。子供はおらず、30代で他界したもよう。

★海陽大君イ・ファン(李晄)(後の睿宗)/李氏朝鮮王朝第8代国王
兄の桃源君より12歳も年下の末っ子。「王女の男」ではほとんどスルーされている存在で、桃源君の病が重くなった頃に「(私家で養育されている)海陽大君を宮殿に呼びましょう」みたいなセリフが出てくる。兄の後を継いで世子となり、世祖の次に即位するが、病弱だったためあっという間に崩御した。安順王后ハン氏が側室時代に息子(斉安大君)を産んでいたにもかかわらず貞熹王后は彼に王位を与えず、桃源君の残した二男を選んだ。ちなみに「王と妃」では、「斉安大君はしょせん側室の子!世子と世子嬪だった私の息子(成宗)こそ王にぴったり!(意訳)」という仁粋大妃のセリフが出てくる。
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