*韓国ドラマあらすじ部*

韓流時代劇(韓国歴史ドラマ)の最終回までの全話あらすじストーリー(ネタバレ)&感想レビュー&人物相関図など。女人天下、同伊(トンイ)、王女の男、チャンヒビン、馬医、王と私、王の女、正祖イサン、大王世宗(テワンセジョン)、太陽を抱く月、キムマンドク、インス大妃etc

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<王と私な雑談 まとめ>

韓国ドラマ「王と私」の人物相関図や登場人物エピソードなど
あらすじ以外の記事はこちらからアクセスできます。

なお「王と私」と同じ時代を扱ったドラマに以下があります。
・「王と妃」(文宗の最期→端宗→世祖→睿宗→成宗→燕山君→中宗即位)

それから「王と私」の少し前の時代を扱ったドラマは以下です。
・「大王世宗」(太宗→世宗)

またこのドラマの後を描いたドラマは以下になります。
・「女人天下」(燕山君廃位→中宗→仁宗→明宗)
 ※歴史大河とは趣が違いますが中宗時代を描いたドラマは以下
  ・「ファンジニ」(中宗)
  ・「大長今 チャングムの誓い」(燕山君→中宗→仁宗→明宗)

前後の時代のドラマとあわせて視聴すると
“つながり”ますのでおすすめです。

<王と私 相関図 その2>成宗の妃たち
<王と私 相関図 その1>世宗から成宗への系譜
<燕山君みずから手にかけた内侍キム・チョソン(金処善)>チョソン略歴
<「王と私」の“三能三無”の意味を復習>
<「王と私」あらすじ63話のその後に>
<「王と私」の豊川尉って誰?>
<チギョム気分の夏の夜>
<「王と私」ウォラ役のユン・ユソンさん>
<「王と私」あらすじ、始めます>
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<燕山君みずから手にかけた内侍キム・チョソン(金処善)>

そういえば「王と私」の主役であるキム・チョソン(金処善)について
一度も記事にしていなかったのに気づきました。
「情けのヤスさん」としか見てませんでした、すみません・・・
手持ちの資料にあまり情報がないので簡単にまとめたいと思います。

キム・チョソンは『朝鮮王朝史』のコラムで取り上げられています。
宦官としては破格の扱いといえそうです。

李氏朝鮮時代、宦官は内侍府に所属し、各所に配置されていました。
その人数は240名ほどだったそうです。
キム・チョソンは世宗から燕山君まで7人の王に使えた宦官。
文宗時代には慶尚北道に配流されたり、
世祖時代には官職を剥奪され奴婢になったこともあったそうです。
医術にすぐれていたキム・チョソンはインス大妃を治療して成宗に評価され
賞金と破格の昇進(判書クラスの正二品)を与えられました。
また成宗の墓を守護した功労で燕山君からは馬を下賜されます。
お墓を守ったり流刑されたり医術の知識があったりするのは
「王と私」のエピソードと一致しますね。

しかし燕山君の暴政を見るに見かね、燕山君11年(1505年)に死を覚悟で諫言。
激怒した燕山君は弓をキム・チョソンの肋骨に放ちました。
宴会の席でのできごとだったそうです。
燕山君はキム・チョソンの養子・李公信(イ・ゴンシン?)も断罪。
さらに全財産を没収し、家に釘を打ち付けるだけでなく、
キム・チョソンの名前と同じ漢字を使っている者は改名せよ!と臣下に命令。
二四節気のうちのひとつ「処暑」を「徂暑」に変更させ、
国家文書での「処」の字の使用まで禁じちゃったそうです。こわいですね~。

ここでその被害?に遭ったクォン・ボル(権撥)という人をご紹介しましょう。
彼は「処」の字を答案に書いたため科挙文科の合格を取り消されちゃいました。
ちなみにクォン・ボルは有名な安東権氏の一員でしたが、
彼の母は坡平尹氏出身でその兄はユン・ヨピル(尹汝弼)。
「女人天下」をご覧になった方はお気づきかもしれませんが、
ユン・ヨピルは中宗の二番目の妃(章敬王后)の兄ユン・イム(尹仁)の父親です。

話をキム・チョソンに戻すと、「大長今 チャングムの誓い」2話で
ミョンイ(チャングム母)とハン尚宮が再会するシーンがあります。
このときハン尚宮が燕山君の暴政を教えるエピソードとして
「この間直言をした内侍のキム大監も妓生や官員が見てる前で矢で・・・」
と話すシーンがあります。これがおそらくキム・チョソンのことですよね。
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<王と私 相関図 その2>

今回は成宗の妃たちとその後の系譜について触れたいと思います。
人物相関図は以下になりますが、鋭い方はお気づきのとおり、
「女人天下」の相関図とほぼかわりません。
燕山君が廃位され中宗に政権が移ったところから始まるのが「女人天下」です。


恭恵王后韓(ハン)氏
ハン・ミョンフェは自分の長女を睿宗に嫁がせ
その甥にあたる成宗にも次女を嫁がせていました。花の外戚政治♪ですね。
けれどもこの恭恵(コンヘ)王后、子供を生まないまま18歳で亡くなりました。
(『朝鮮王朝実録』には16歳・18歳の2種類の記述あり)

斉献王后尹(ユン)氏
この方が有名な廃妃ユン氏です。
側室時代は淑議として成宗の寵愛を受け、恭恵王后逝去にともない王妃に昇進。
その2年後に息子(後の燕山君)を産みます。
嫉妬深い性格だったそうで、砒素事件→王の顔にキズ事件で顰蹙を買い、廃妃に。
ところが、“次王の母が私家暮らしは問題”という擁護派の意見が多くなります。
宮殿内に廃妃の別宮を設けるということにインス大妃と貞顕王后が強く反対。
そんな折、世子の母であるユン氏に多少の同情を覚えていた成宗が
廃妃の暮らしぶりを偵察に行かせたところ、
反省なんかしてませんよ!と大妃に買収された使いの者がデタラメの報告をしました。
これにより廃妃ユン氏の死罪が決まったそうです。
なお、大妃と後宮(オム&チョンら)がつるんでユン氏を追い詰めたことは
『朝鮮王朝実録』にも記載されているので歴史的な事実となっているようです。

貞顕王后尹(ユン)氏
坡平ユン氏出身。先の王妃であるユン氏の廃妃にともない王妃に冊封。
燕山君はこの斉献王后を実の母と思って育ちますがそれほどなつかず、
またインス大妃から度を越すほど辛くあたられていたとか。
成宗は燕山君の性格に多少の不安を感じつつも、
そのころはまだ貞顕王后が晋城大君(後の中宗)を産んでおらず
ほかに王子がいなかったため燕山君を世子に冊封したそうです。
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