*韓国ドラマあらすじ部*

韓流時代劇(韓国歴史ドラマ)の最終回までの全話あらすじストーリー(ネタバレ)&感想レビュー&人物相関図など。女人天下、同伊(トンイ)、王女の男、チャンヒビン、馬医、王と私、王の女、正祖イサン、大王世宗(テワンセジョン)、太陽を抱く月、キムマンドク、インス大妃etc

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<張禧嬪(チャンヒビン)な雑談 まとめ>

韓国ドラマ「張禧嬪」の人物相関図や登場人物エピソードなど
あらすじ以外の記事はこちらからアクセスできます。

同じ時代と登場人物を扱った「妖婦 張禧嬪」は
「仁顕王后伝」をもとにしており、けっこう史実に忠実なようです。
詳しく知りたい方はそちらの視聴もおすすめします。
ただし机をバンバン叩いて怒鳴る張禧嬪ではなく
オヨヨ演技で粛宗をだます昼メロちっくな張禧嬪が登場します。

普通の時代劇とは少し趣が違いますが
「同伊(トンイ)」にも張禧嬪が登場します。
こちらも「張禧嬪」とはかなりキャラが違います。

なお「張禧嬪」の少し前の時代を描いたドラマは以下になります。
・「王の女」(宣祖→光海君→仁祖即位)
・「宮廷女官キム尚宮」(宣祖→光海君→仁祖即位)
※仁祖の2番目の王妃が「張禧嬪」の大王大妃にあたります。

<「妖婦 張禧嬪」とキム・ヘス版「張禧嬪」の比較>
<チャン・ヒビン(張禧嬪) 相関図 その2>粛宗の妃や子孫など
<チャン・ヒビン(張禧嬪) 相関図 その1>粛宗に至るまでの系譜
<前言ちょっぴり撤回、最近王妃に感服中>ぶりっこなんて言ってごめんなさい!
<今のところ、オクチョン派>実はちょっとオクチョンを応援してました
<「チャン・ヒビン」あらすじ、始めます>

「妖婦 張禧嬪(チャンヒビン)」の雑談はこちらです。
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<チャン・ヒビン(張禧嬪) 相関図 その2>

韓国ドラマ「チャンヒビン」の人物相関図、
粛宗とその妃たち、そして世継ぎについて簡単にまとめてみました。
ほんとは他にもっと側室もいたし子供もいましたが、
あくまでもドラマ中で登場した人物や
その後の歴史にとって重要と思われる人物を中心に取り上げています。


粛宗(スクチョン・スクジョン・しゅくそう)
李氏朝鮮19代国王。このドラマの中心的人物。
西人派と南人派の政権争いを上手に利用しながら
3度も換局(政権を変えること)しつつ政治を行いました。
過去には臣下が強く出ると逆らえない王様もいたので(例:中宗)
そのドラマ(女人天下)を見た後に粛宗を見るとその強固な姿勢に驚きます。
ま、非常に王様らしい王様ともいえるのかもしれませんね。
一方、後宮運営ではてんでダメだった!と歴史書に記されているほどの落第点。
王妃を廃位させたり復位させたりと、前例のないことをやってのけます。
もちろん後宮の勢いは時の政権とも深く結びついているので
惚れた腫れただけでチェンジさせているわけではなさそうですが、
「そんなことしちゃ王妃もヒビンもかわいそうでしょーー」ってなこともしばしば。
母親(明聖王妃金氏)が絶大な権力を持っており
父親(顕宗)に側室がおらず扱い方を目の当たりにしていませんし、
粛宗が王に即位するのにあまり苦労がなさそうなので、
まともに後宮運営できなかったのかしら?なんて思っています。

仁敬王后金氏
粛宗の第一王妃。ドラマ初回で天然痘で亡くなります。
10歳で世子嬪(嬪宮)=粛宗の世子時代の妻となり、13歳で王妃に。
そして19歳の短い生涯を終えます。
王子は生んでいませんが公主(女の子)は産んでいたようです。(たぶん早逝)

仁顕王后閔氏
粛宗の第二王妃。王妃に決まったときの父ミン・ユジュンの役職は兵曹判書。
兄は後に西人老論派の中心人物となるミン・ジヌ。
すでにオクチョン(ヒビン)を寵愛している粛宗のもとへ嫁ぎ、
オクチョンの策略にはまって一度は王妃の座を追われて廃位されます。
その後政権交代とともに再び王妃の座に復位。
しかし廃位中の貧しい暮らしが原因の梅毒により、早々に死んでしまいました。
徳のある性格で民から愛されましたが、子どもはいませんでした。
ドラマでは法度や決まりが大~好きなキャラ♪
「決まりではこうなっている」と常に正しいことを述べます。
最初の頃はそれが粛宗のカンにさわってたのですが
復位してからは、さすが王妃!と粛宗からほめられっぱなしでしたね。

仁元王后金氏
ドラマではその生き様を知ることはできませんが、粛宗三番目の王妃です。
王妃ミン氏が亡くなったその年に王妃に選ばれて入宮し(早すぎませんか?)
翌年王妃に冊封されたそうです。
粛宗の死後、景宗(ヒビン息子)・英祖(チェ氏息子)時代まで生き、
立場的にいろいろと危うかった即位前の英祖をかばっていたとか。

寧嬪金氏
大叔父は西人派の有力者キム・スハンで、
西人派がオクチョンの側室昇格を阻もうと入宮させた側室。
粛宗からは見向きもされず酒びたりの日々を送る姿が描かれていました。
ドラマでは貴人時代までしか登場していません。
キャンキャンほえる子犬キャラでヒビンと戦いましたがまったくの力不足。
王妃廃位とともに宮殿から追い出され、王妃復位とともに宮殿に復帰します。
その後は対ヒビンとして、淑嬪チェ氏が産んだ王子グムを後押ししたそうです。
粛宗の死後15年くらい生きているもよう。

禧嬪張氏
いうまでもなくこのドラマの主役、われらがスケバン王妃です。
ドラマ最初のほうで、大王大妃身内のチョ・サソクとヒビン母の仲が
うわさになったというエピソードがありましたが、史実のようです。
ヒビン出世に東平君が関わっていたのも、神堂での呪い事件も史実。
“一介の宮女から後宮生活を経て(「実録」より)”王妃になったヒビンですが
再び側室の位へと落とされて恨みを募らせました。
“持ち前の傲慢さと独占欲とが災いして42歳で生涯を閉じた”とあります。

淑嬪崔氏
西人派と通じて王妃の復位に力を尽くす下女出身の側室チェ氏です。
「実録」によると、禧嬪に苛められている!と粛宗に告げ口したり
南人派の悪口を吹き込んだりしたそう。
どちらかといえば少論派と結託していたように読めるのですが
ドラマでは老論派のチュンテクと仲良しこよしでしたよね?

景宗
李氏朝鮮20代国王、ヒビンの息子です。
実の母親が父親によって処刑されるのを目の当たりにした彼は
それ以後病気に悩まされ、子供もできなかったそうです。
(ドラマ中でもあるようにヒビンが急所を掴んだのが原因とか)
こうなるともれなく浮上してくるのが、世継ぎ問題。
景宗を支援する少論派と、チェ氏息子を擁する老論派が激突し、
激しい党争の中、景宗は在位四年で崩御しました。
王妃は二人(端懿王后沈氏と宣懿王后魚氏)。
ドラマに出てくるのは一人めの王妃です。

英祖
李氏朝鮮21代国王、チェ氏の息子です。
景宗在位中から世弟となり、景宗崩御とともに即位しました。
党争に巻き込まれ、景宗暗殺計画に関わった疑いをかけられるなど、
波乱万丈の末の即位だったようです。
英祖時代は老論派が政権を握り、「イ・サン」の時代へと続いていきます。
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<前言ちょっぴり撤回、最近王妃に感服中>

私はオクチョン派!
廃妃ミン氏はいい子ぶりっこでムカつくわ~!と
この記事で書かせていただきました。

廃妃になりまた王妃に復位した後まであらすじアップが進んだので
ここでちょっぴり心境の変化を述べさせていただきます。

神さま仏さま王妃さま!

あんなに被害妄想たっぷりで鬼のようなチャンヒビンに
あそこまで寛大でいられるとは感服いたします。
もう「いい子ぶりっこ!」だとムカつくこともなくなりました。

たぶん、廃妃になって一度死ぬ思いをしたからか、
オクチョン個人がどうのとか、どうでもよさそうですよね。
王室と国のためだけを思いやる王妃になっているように感じます。

だからってオクチョンが嫌いになったわけじゃないんです。

だめよ、そんなことしちゃ~。
とか
見つかっちゃうじゃないの!
とか
友人のような姿勢で見守っています。


というか、病弱でもう子供をあきらめてそうな王妃よりも、
王子を産んだチェ氏を
攻撃したほうがいいわよ!

と助言したいのは私だけじゃないはず。

そう、最近の私は、廃妃のかわりに
淑媛チェ氏にムカついているんです!

お手つきになって王子まで産んでおいて
どこまでも王妃のために!ってのがわざとらしく感じるのでしょうか。
理由はよくわかりませんが、
なんかムカつくー!

皆さまは今、誰派ですか?
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