<「イ・サン(正祖)」あらすじ 13話>
イサン第13話「倉庫に埋もれた証拠」
部下に殺させたはずのパク・テスが、イ・サン(後の正祖)と現れ、
チョン・フギョム(ファワン養子)はびっくりしてとっさに言い繕います。
しかし私兵団の育成場所をすでに突き止めていたイ・サンには通用せず。
一行が急いでアジトに駆けつけると、一足違いでもぬけの殻でした。
内通者によって兵士たちが逃がされたのだとイ・サンは悟ります。
無実を証明するまでの猶予はあと1日・・・。
イ・サンは、ソ・インスが謀反を企んだとされる日のアリバイを探し始めます。
けれども謀反事件に巻き込まれるのを恐れる証人たちに証言を拒否され、
ソ・インスが宴に出席したという絵を図画署(トファソ)に探させることに。
イ・チョンから鍵をもらって地図倉庫に入り証拠を探していたソン・ソンヨンは、
機密文書が眠る場所に入った罪で捕らえていました。
パク・ヨンムン(図画署長)のはからいで解放された直後、
その宴の記録画なら私が描きましたよ!ということで、絵のありかが判明。
イ・サンは間一髪でソ・インスらと自分の無実を証明することができました。
さあ次は刑曹判書ホン・イナンの罪を明らかにしましょう・・・と
護衛部隊長チェ・ジェゴンと内侍ナム・サチョがイ・サンに申し出ていると、
ホン・グギョンから託された文書(例の手紙?)を持った
カン・ソッキとソ・ジャンボ(共にイ・サンの護衛官)がやってきます。
急いでホン・イナンの行方を追ったイ・サンらは
陰謀の黒幕がファワン(和媛)翁主(イ・サンの叔母)であると知るのでした。
部下に殺させたはずのパク・テスが、イ・サン(後の正祖)と現れ、
チョン・フギョム(ファワン養子)はびっくりしてとっさに言い繕います。
しかし私兵団の育成場所をすでに突き止めていたイ・サンには通用せず。
一行が急いでアジトに駆けつけると、一足違いでもぬけの殻でした。
内通者によって兵士たちが逃がされたのだとイ・サンは悟ります。
無実を証明するまでの猶予はあと1日・・・。
イ・サンは、ソ・インスが謀反を企んだとされる日のアリバイを探し始めます。
けれども謀反事件に巻き込まれるのを恐れる証人たちに証言を拒否され、
ソ・インスが宴に出席したという絵を図画署(トファソ)に探させることに。
イ・チョンから鍵をもらって地図倉庫に入り証拠を探していたソン・ソンヨンは、
機密文書が眠る場所に入った罪で捕らえていました。
パク・ヨンムン(図画署長)のはからいで解放された直後、
その宴の記録画なら私が描きましたよ!ということで、絵のありかが判明。
イ・サンは間一髪でソ・インスらと自分の無実を証明することができました。
さあ次は刑曹判書ホン・イナンの罪を明らかにしましょう・・・と
護衛部隊長チェ・ジェゴンと内侍ナム・サチョがイ・サンに申し出ていると、
ホン・グギョンから託された文書(例の手紙?)を持った
カン・ソッキとソ・ジャンボ(共にイ・サンの護衛官)がやってきます。
急いでホン・イナンの行方を追ったイ・サンらは
陰謀の黒幕がファワン(和媛)翁主(イ・サンの叔母)であると知るのでした。
スポンサード リンク
<資料にみる「ファンジニ」>
※この記事は追記・改変していく可能性があります。
ご存じの方も多いかもしれませんが、
ファン・ジニ(黄真伊)は実在の人物ではあるものの、
詳細はほとんどわかっていない女性です。
でも有名なだけあって、「朝鮮王朝実録」でも一項目が割かれていました。
彼女は生存年代すらはっきりわからないそうですが、
交流した人物の記録からして中宗時代だと判断されているそう。
ファン・ジニの記録はたくさんありますが、
それぞれに内容が異なっていて信憑性にかけるとありました。
進士とある女性の間に生まれた庶子という記録や、
盲人の女性の子供だという説がありますが、
そういった身分・境遇ではあっても
深い学問や礼儀を身につけていたことから、
経済的には余裕があった家庭であったことがうかがえるとか。
「朝鮮史の女たち」という本でも、ファン・ジニは章を割かれています。
これは「実録」にも載っていましたが、ある若者のエピソードが有名なようです。
ある若者が彼女に恋をして慕いすぎたあまり死んでしまいました。
ファン・ジニは彼の棺の上に自分のチョゴリをかけてあげました。
ウノぼっちゃまの話はここから生まれたのですね。
他にはこんなエピソードもあります。
ファン・ジニは学者・徐敬徳を師として仰ぎ、起居を共にしながら修行しました。
二人は師と弟子の関係を貫き、男女の関係にはなりませんでした。
その後彼女は、高名な知足禅師のところへ押しかけて仏法の教えを請い、
しつこく頼んだ末に寺に住むことができました。
知足禅師は美しい彼女の魅力に打ち勝てず、“破戒の僧”となってしまいます。
そのときファン・ジニは「あなたがいくらすごくても私の師にはかなわない」。
それは、師のライバルを試すための彼女の策略だったのです。
・・・・ちょっとやなオンナ?
その他にも、彼女の美しさや知性を示す言い伝えは山ほど。
李氏朝鮮の歴史では、「美しい妓生といえばファンジニ」なのでしょうね。
詳細はわかっていないからいくらでも新しいストーリーを吹き込めるし、
ドラマ的にはとてもオイシイ人物のようです。
ご存じの方も多いかもしれませんが、
ファン・ジニ(黄真伊)は実在の人物ではあるものの、
詳細はほとんどわかっていない女性です。
でも有名なだけあって、「朝鮮王朝実録」でも一項目が割かれていました。
彼女は生存年代すらはっきりわからないそうですが、
交流した人物の記録からして中宗時代だと判断されているそう。
ファン・ジニの記録はたくさんありますが、
それぞれに内容が異なっていて信憑性にかけるとありました。
進士とある女性の間に生まれた庶子という記録や、
盲人の女性の子供だという説がありますが、
そういった身分・境遇ではあっても
深い学問や礼儀を身につけていたことから、
経済的には余裕があった家庭であったことがうかがえるとか。
「朝鮮史の女たち」という本でも、ファン・ジニは章を割かれています。
これは「実録」にも載っていましたが、ある若者のエピソードが有名なようです。
ある若者が彼女に恋をして慕いすぎたあまり死んでしまいました。
ファン・ジニは彼の棺の上に自分のチョゴリをかけてあげました。
ウノぼっちゃまの話はここから生まれたのですね。
他にはこんなエピソードもあります。
ファン・ジニは学者・徐敬徳を師として仰ぎ、起居を共にしながら修行しました。
二人は師と弟子の関係を貫き、男女の関係にはなりませんでした。
その後彼女は、高名な知足禅師のところへ押しかけて仏法の教えを請い、
しつこく頼んだ末に寺に住むことができました。
知足禅師は美しい彼女の魅力に打ち勝てず、“破戒の僧”となってしまいます。
そのときファン・ジニは「あなたがいくらすごくても私の師にはかなわない」。
それは、師のライバルを試すための彼女の策略だったのです。
・・・・ちょっとやなオンナ?
その他にも、彼女の美しさや知性を示す言い伝えは山ほど。
李氏朝鮮の歴史では、「美しい妓生といえばファンジニ」なのでしょうね。
詳細はわかっていないからいくらでも新しいストーリーを吹き込めるし、
ドラマ的にはとてもオイシイ人物のようです。
スポンサード リンク
